国際女性デーとは
国際女性デー(International Women’s Day)は、毎年3月8日に世界各地で祝われる、女性の社会的・政治的・経済的な地位の向上やジェンダー平等を呼びかける記念日で、女性の社会的、経済的、文化的、政治的な成果を称える日です。
国際女性デーに贈る花に決まりはなく、各国でバラやカーネーション、チューリップなど異なりますが、ミモザを贈るのはイタリアの風習が広がった可能性が考えられます。

国際女性デーは1904年、ニューヨークで婦人参政権を求めたデモが起源となり、国連によって1975年に3月8日を「国際女性デー(International Women’s Day)」として制定されました。
彼女たちは低賃金や長時間労働などの厳しい労働条件の改善を訴え、同時に参政権の獲得など社会的な権利拡大も求めていました。この運動は世界に広がり、1975年には国際連合(国連)が3月8日を「国際女性デー」と定め、女性の権利に関する会議や行事を公式に後押しするようになったのです。以降、この日は女性だけでなく、ジェンダー平等に関心を持つすべての人々が集い、問題提起や情報共有、そして具体的な行動を考える象徴的な機会となりました。
今日に至るまで、世界中の女性たちがこの日を中心にさまざまな活動やイベントを行い、自分たちが置かれている社会的立場や権利について改めて意識すると同時に、さらなる平等と活躍の可能性を模索する一大イベントとして定着しています。
日本での国際女性デー
日本においても、近年は国際女性デーに関連した取り組みが少しずつ広まりつつあります。
メディアや企業が注目するようになったこともあり、SNSやインターネット上では国際女性デーに合わせてキャンペーンが展開されたり、女性の起業やキャリアアップを支援するイベントが行われたりする例が増えてきました。
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一方で、日本ではまだまだ「女性の地位向上」というテーマをオープンに語る機会は少なく、社会全体としても他の国々に比べて議論の進展が緩やかであるという指摘もあります。この日を機に、私たち一人ひとりが女性の社会進出やジェンダー平等について、現状を冷静に見つめ直し、どのような変化が必要なのかを考えることは非常に意義深いと言えます。
また、国際女性デーには毎年国連がテーマを設定し、それに沿った活動が呼びかけられます。ここ数年では、テクノロジーとジェンダー平等、女性のリーダーシップ、女性への暴力撤廃などが主要トピックとして扱われてきました。特に近年は、ICT分野における女性の参画促進や、コロナ禍において顕在化した女性への経済的・社会的影響など、時代の潮流を反映したテーマが取り上げられています。社会や経済の変化が激しい現代だからこそ、女性の置かれている状況や課題を的確に把握し、解決策を模索していくことは急務と言えるでしょう。
日本の現状を考えてみると、女性の活躍推進が叫ばれて久しいものの、依然としてジェンダーギャップ指数(世界経済フォーラムが発表するGlobal Gender Gap Report)では下位の方に位置しています。
管職や政治家など、リーダーシップを担うポジションにおける女性比率は低く、仕事と育児の両立の難しさや、依然として根強く残る固定的な性別役割分担意識などが課題として指摘され続けています。もちろん、女性の大学進学率や就業率自体は高まっていますし、若い世代を中心に「女性が家事・育児を担うのが当たり前」という固定観念を疑問視する声も増えているので、少しずつではありますが変化は起きています。しかし、まだまだ他国と比べると「女性が自分らしく能力を発揮し、リーダーとして活躍できる社会」を実現するまでには、ハードルが多いのが現実と言えます。
ある新聞広告でこういう言葉がありました。
なぜ女性は活躍しないといけないのですか?
女性活躍、女性参画。
そう言われるけれど、
女性たちはみな、自分の場所で、自分のやり方で、今を懸命に生きている。
仕事も100%、家庭も100%、育児も100%。
300%を期待された女性たちはうんざりしている。
社会が決めた尺度に合わせて生きることに疲れてしまう女性がいるのなら、
変えるべきは、社会の方かもしれない。社会は、家庭で、会社で、ひとつずつ変えることができる。
女性が活躍する社会は、誰かに押しつけられるものではなく、私たちがつくっていく。
男も女もない。
一人一人がつくっていく。
女性の社会進出は、今求められていることをこなした上で、社会進出してもいいという状況が日本には強く、広告の様に、今の2倍3倍の労力を強いられています。
まだまだ、母は、女性はこうあるべきという固定概念が払拭仕切れていない状況で、
家事もしっかりこなしている女性があたかも素晴らしいと賞賛される世の中だと感じます。
国際女性デーは、そんな日本の状況を変えていくためのきっかけとなる日でもあります。もともと国際女性デーは、女性だけの問題にとどまらず、社会全体の問題としてジェンダー不平等を解消していくための出発点として存在しています。
つまりこの日は、「私たちはどのような社会を望んでいるのか」「そのために何ができるのか」を問い直す、一種のリマインダー的な役割を果たしているのです。たとえば、SNSなどではハッシュタグを使ったキャンペーンが行われ、多くの女性が自分の体験や意見を発信したり、男性もまた「自分たちが担うべき役割は何か」を考えるきっかけとして活用したりします。
このブログもまさにその一つです。
さらに、国際女性デーという一日を象徴的に活用するだけでなく、これを起点として、年を通じてジェンダー平等に関する取り組みを継続的に進めていくことが重要です。表面的なイベントだけではなく、具体的な施策が伴わなければ、女性を取り巻く環境は大きく変わりません。たとえば企業であれば、女性の管理職登用を積極的に行うための人事制度改革や研修、ダイバーシティ推進部門の新設といった取り組みが考えられます。個人のレベルでも、SNSで問題提起を行うことや、まわりの人との対話を重ねることで、ジェンダー平等を身近な話題として広めていくことができるでしょう。
また、女性の権利やジェンダー平等を考えるうえでは、女性だけでなく男性の協力や理解も不可欠です。ジェンダー平等というと、あたかも「女性の利益を拡大する運動」というイメージを抱きがちですが、本来は「多様な性や生き方を認め合う社会を築くこと」であり、それは男性にとっても生きやすい社会を生み出すことにつながります。
例えば「男性だから長時間労働しなければならない」「男性だから家族を養う責任がある」といった固定観念もまた、男性を苦しめる要因となっています。ジェンダー規範に縛られない社会を築くことは、すべての人にとって自由で豊かな生き方を可能にすることなのです。
そのためにも、国際女性デーのような場を活用して、男性も積極的に議論に参加し、自分たちが直面する働き方や子育ての問題、社会的な期待との摩擦などを共有することが重要です。ジェンダー平等は「女性だけの課題」ではなく、社会全体の課題であるという認識が広まるほど、その解決に向けた具体的なアクションも生まれやすくなります。私たち一人ひとりが、お互いを尊重し合い、互いの可能性を伸ばし合える環境づくりの一助となるよう行動していくことこそが、国際女性デーの意義を最大化する道だと言えるでしょう。
世界の課題
そして、女性の権利向上やジェンダー平等を考える際には、国や文化圏によって直面している課題が異なることにも目を向けたいところです。世界には、今なお教育を受けられない女性・少女が多く存在し、児童婚や暴力、貧困など深刻な人権侵害に苦しむ人々も少なくありません。その一方で、性別による差別を禁止する法整備や、クオータ制(議会などの一定割合を女性に割り当てる制度)の導入などを通じて、社会全体で女性の地位を底上げしようとしている地域もあります。国際女性デーを機に世界の実情を知り、多角的な視点から「私たちができる具体的な支援や協力は何か」を考えることが、グローバルな社会の一員としての責任でもあるでしょう。
最後に、国際女性デーは、単なる「女性のお祭り」や「女性に花を贈る日」として捉えるのではなく、私たちが「性別に関わりなく誰もが尊重され、活躍できる社会をどう実現するか」を考える重要な一日であるということを忘れてはなりません。
この日をスタートラインとして、日常のあらゆる場面でジェンダー平等を意識した行動を積み重ねていくことが、国際女性デーの本質的な目的と言えます。
私たち一人ひとりがジェンダーに対して持っている先入観や価値観を疑い、新しい視点を取り入れながら、周囲の人々と対話を深め、具体的なアクションにつなげていく。そうした地道な努力が広がることで、「国際女性デー」の意味がいっそう輝きを増し、社会全体がより豊かで公正な方向へ進んでいけるのではないでしょうか。ぜひこの機会に、自分の身の回りで「できること」を探してみてください。それがたとえ小さな一歩であっても、その積み重ねこそが、平等でインクルーシブな未来の礎となるのです。